戦国武将「上杉謙信」が実は女性だったとされる4つの説について

上杉謙信 女

 

戦国武将の中で最強であり、その活躍は今でも語り継がれているのが「上杉謙信」ですね。頭脳明晰で戦略を立てれば誰も敵わない。そんな無敵ぶりがイメージできます。

 

その上杉謙信ですが、女性だったのではないかという噂は常にあります。どうした女性という噂が広まるようになったのでしょうか?

 

 

生涯独身を貫き通していた

 

上杉謙信は生涯独身を貫きました。そのため子供を授かっていなかったので、養子を迎えたとされています。どうして生涯独身を貫いたのかについては、いくつかの説がありますが、一番しっくりくるのが「女性だったから」というものです。

 

もうひとつの説では、結婚をしないで生涯異性と一度も交わりを持たないことを守り通したためだとも言われます。

 

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仏教の信者が守らなければならない、五戒の契約の一つに「邪淫戒」というものがあり、夫婦間の性行為以外してはならないというものです。

 

結婚をしなかったので、異性と交わっていないため五戒の一つを守ったのです。この2つの説があるのですが、女性だったからというほうがしっくり来る為に、女性の説が支持されています。

 

 

肖像画は江戸時代に書かれたといわれている

 

上杉謙信 女

 

上杉謙信の肖像画を一度は見たことがあるでしょう。無骨で荒々しい印象を感じさせますよね。当時の強い男性のイメージとされていた無精ヒゲもしっかりと描かれています。

 

しかしこの肖像画は、江戸時代に画家がイメージで描いたもので本来は全く違う顔をしているともされているのです。

 

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戦国時代においては女性城主というものは当たり前でしたが、江戸時代ではそれが認められてはいませんでした。

 

もし上杉謙信が女性であることが分かったならば、お家断絶の事態になってしまう恐れもあったからだという説もあります。そこでどこから見ても男であるように、武将に相応しい肖像画を描いたのだそうです。

 

 

毎月起こしていた腹痛は実は生理痛?

 

上杉謙信 女

 

上杉謙信は脳卒中で倒れて、それがもとで命を落としたと言われています。その場所はなんと「お手洗い」であるというところが注目ポイント。

 

その後の調べによると、文献では脳卒中ではなくて腹痛で倒れていたことと、大虫(現在では婦人病:更年期障害)を患っていたと記されています。

 

また毎月10日前後になると腹痛を起こすようになり、合戦中でも兵を引き上げて部屋に閉じこもっていたのだとか。上杉領に北条軍が侵攻してきた大変な時にも、6月11日ごろから腹痛を訴えます。

 

そして10日ほど城に篭って出陣をしなかったようで、子守をしていたのだとか。お手洗いで倒れたときも、3月9日という記述があるので、ちょうど生理の頃でもあります。

 

 

外国人が上杉謙信を「叔母」と表記している

 

上杉謙信 女

 

また外国人が記した報告書の中では、上杉謙信は叔母としての扱いで報告されています。もし外国人が上杉謙信を男だとして判断したならば、叔母という表現は間違いなく使わないでしょう。

 

もし上杉謙信が男であれば、そこは「叔父」になっていたというところから、女性ではないかという説が浮かんでいるのです。

 

 

ここでは上杉謙信が女性ではないかという4つの説を取り上げました。これらを並べてみると、確かに女性である可能性は否定できませんよね。

 

戦国時代最強の武将が女性だとしたら、日本の歴史が大きく変わるかもしれません。現在も多くの研究がされているみたいですから、新発見に期待したいですね。