天下統一を果たした豊臣秀吉の性格を考察してみよう

豊臣秀吉 性格

 

織田信長が成し遂げられなかった天下統一を果たし、大阪城でその人生を送ることになったのが豊臣秀吉です。元々は、織田信長の家臣として従え、その能力は誰もが認めるところでした。

 

そんな豊臣秀吉はどんな性格をしていたのでしょうか?

 

 

人懐こく知的な性格が天下人へとさせた

 

豊臣秀吉 性格

 

豊臣秀吉の性格を表しているのに有名な川柳がありますね。

 

それは「ほととぎす」が鳴かないときに、どんな対応を取るか。つまり、思い通りの結果が出ないときに、それをどう対応するかという性格が出ています。

 

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豊臣秀吉の指が6本あったことがわかる2つの文献

 

豊臣秀吉は、「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ほととぎす」と表現されています。つまり、自分の力でどうにか現状を打開するために、策を練って周囲との連携を密にしていたことが分かりますね。

 

豊臣秀吉は、確かに知的で人懐っこいというイメージは今でもありますよね。そうした性格は本当のようです。そうでなければアメリカンドリームのような成功は出来なかったでしょうからね。

 

 

世渡り上手でチャンスを必ず活かす頭の良さ

 

豊臣秀吉 性格

 

豊臣秀吉がどのような生まれになったのかは今だに分かってはいません。ですが足軽として織田信長の家臣として従えるようになってから、関白にまでなったのですから、そこには性格が大きく影響していると見るべきでしょう。

 

豊臣秀吉は世渡り上手であり、チャンスを必ず活かすほどの頭が良くキレ者だとの噂もあります。とある冬の日に織田信長の草履を懐で温めてあげたというエピソードはとても有名ですよね。

 

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これがきっかけで出世するようになったとも言われています。ですがこういった話は氷山の一角で、他にも普段から様々な取り組みをしていたのではないかとも推測されているのです。

 

人の機嫌を取ることに関しては、ピカイチだったようですね。

 

 

目立ちたがり屋な性格

 

豊臣秀吉 性格

 

ただ、豊臣秀吉の性格の中で一番多く知られているのが「自己顕示欲が強い」という面でしょう。人間観察にも長けており、どの人物に自分を見せれば効果的なのかを良く分かっていました。簡単に言えば「目立ちたがり屋」だったのです。

 

織田家への仕官の夢がかなった豊臣秀吉は、最初自分の身分が低いので大きな仕事が回ってきませんでした。そこで誰もが嫌がるトイレ掃除を自ら率先して行います。

 

トイレ掃除をしているところを、他の家臣たちは気付かずに糞尿を垂らしてしまい、豊臣秀吉の頭上に降りかかります。この際、大声で「私の名前は豊臣秀吉で、掃除をしていた!」と言っていたようです。

 

これで家臣からも、「すごい奴がいたものだ」と認められてきたのだとか。人間力と行動力が高い豊臣秀吉らしいエピソードですね。

 

 

日本史史上でも稀な大の女好き

 

豊臣秀吉 性格

 

また豊臣秀吉の性格で忘れてはならないのが、「女遊びが激しい」というもの。日本史史上でも、稀有なほどの性欲の強さを誇っていたようです。

 

豊臣秀吉は、高貴な出身の若くてキレイな娘を大変気に入っていたようです。その中でも、織田信長の血を引き継いだ家系の女性に執着する向きがあったとのことです。

 

これは元々百姓出身であったこともありますが、主君として敬服していた織田信長の血族と一緒になりたいという欲望があったことも言われます。豊臣秀吉は、およそ300人の女性と関係を持ったともされているようです。

 

この女好きが影響して、晩年は「脳梅毒」を患い、性格が荒々しくなり奇行も目立つようにになってきたのだとか。

 

 

豊臣秀吉は良家の出身ではないのに、天下統一の夢を果たした人物です。その性格は人を惹き付け、そして上手く使う器用な一面を持っていました。

 

人には長所短所あるように、豊臣秀吉にも周囲を悩ませてしまう短所もあったようです。それでも、豊臣秀吉のスゴさは多くの人が認めているのです。