坂本龍馬がフリーメイソンのメンバーと言われている理由

坂本龍馬フリーメイソン

 

幕末に駆け抜けた志士として、今や知らない人はいないと言われているのが「坂本竜馬」ですね。彼が行った行動は、今の日本を作ったと言っても過言ではありません。

 

そんな坂本竜馬ですが、実行したのは自分の考えではなくフリーメイソンが裏で操っていた!という説があります。

 

本当に坂本竜馬は、フリーメイソンのメンバーなのでしょうか?

 

 

フリーメイソンの働きとグラバーとの関係

 

坂本龍馬フリーメイソン

 

フリーメイソンとは、秘密結社とも呼ばれている14世紀にイギリスで誕生した石工ギルドのことです。石工たちの技術を会員で共有してその能力に磨きをかけるのが主な目的だとされています。

 

つまり、お互いが協力して技術力を磨いていきましょうという組織であり、何やら怪しい動きをするような団体ではありません。

 

ところが世間一般的に広まっているものとしては、貴族や地主など大金持ちが会員に多くおり、世界経済を裏で操作しているという怪しい噂も広まるようになりました。

 

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坂本龍馬暗殺事件の実行犯に浮上している2つの説

 

日本に最初にやってきたフリーメイソンは、江戸時代後期に長崎にきたティチングです。その後も次々と日本にはフリーメイソンが来日してきます。

 

浦賀にきたペリー提督もそうですし、トーマス・グラバーもその一人だと言われているのです。グラバーは坂本竜馬と協力して日本との貿易を成功させますね。

 

そう、坂本竜馬の成功はフリーメイソンであるグラバーのバックアップがなければ、考えられないのです。

 

 

坂本竜馬とグラバーの動き

 

坂本龍馬フリーメイソン

 

グラバーがフリーメイソンだとするならば、坂本竜馬は上手く利用されていただけかもしれません。

 

坂本竜馬は、亀山社中という日本で最初の商社を設立します。

 

貿易をして海外から商品を調達して、それを売りさばくというもので、最初に買い付けたのが7800挺のライフル銃です。そして軍艦ユニオン号を仕入れては長州に売却をしています。

 

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これらの武器や軍艦を取り寄せるように仕向けたのが、グラバーだというのです。いくら坂本竜馬とはいえ、海外とのパイプがないのにこんな大きな資金を動かせるハズが無いというのが一つの論拠。

 

グラバーのバックアップがなければ、坂本竜馬の動きには制限がかかります。そして坂本竜馬が仲介して設立した薩長同盟の背後にも、当然グラバーの影があります。

 

 

フリーメイソンの考えに刺激を受けた?

 

坂本龍馬フリーメイソン

 

1863年に長州の伊藤博文や井上馨などの5人を欧州に密かに渡航させたのは、グラバーの仕事です。

 

実は坂本竜馬も秘密裏に渡欧していたのではないかと推測されており、そこでフリーメイソンの技術力や知識などを吸収したと言われます。

 

渡航から帰ってきた坂本竜馬は、それ以前とでは思想も行動力も考え方も何もかもが変わっていたという証言があるようで、明治維新への流れというのは裏でフリーメイソンが操っていたという可能性が残されています。

 

またグラバーがどうして日本で明治維新が発生するように、バックアップをしていたかというと、簡単にいえば「お金儲け」のためだと言います。

 

昔のフリーメイソンは、今よりもビジネスに力を入れていたようで、グラバーも日本へは開港ビジネスの目的でやってきたのだとか。

 

 

グラバーが坂本竜馬を操っていた

 

坂本龍馬フリーメイソン

 

坂本竜馬がフリーメイソンの一員であるという可能性は低いです。渡欧したときに、本当に接触していたのかどうかを確かめる術はありませんからね。
ところが倒幕へ向けた活動を影から支えるグラバーが、どうして坂本竜馬を渡欧させたのか。明治維新に移行する上で、欠かせない人物になるだろうと、グラバーが感じていたからです。

 

明治維新になることで、グラバーは自分の財力を高くしました。そして現在の三菱になる土佐商会はグラバーがその顧問をしていたと言われます。

 

明治維新はグラバーが坂本竜馬を引っ張りながら実現させたと言ってもおかしくはなく、坂本竜馬はフリーメイソンに操られていたということになります。

 

 

グラバーがフリーメイソンだったかどうかについては、史実にも記載されていないので不明な点が多いです。そのため日本にやってきたのは全く関係ない別の目的なのかもしれません。

 

それでも明治維新になることで、大きく成功したことは事実ですから、そうした背景から見ると坂本竜馬を利用したとも捉えられます。その当時のフリーメイソンがビジネスを中心に考えていたという点も含めると、この説は無視できませんね。