坂本龍馬の子孫の現状と龍馬の先祖についての新しい説

坂本龍馬 子孫

 

坂本竜馬といえば、倒幕から明治維新という激動の時代を作り上げた人物として、現在でも広く知られていますよね。数々の偉業はドラマや映画化などにもされています。

 

そんな坂本竜馬ですが、子孫というのはどうなっているのでしょうか?坂本竜馬と妻のお龍の間には子供はいなかったようですが、家督は引き継がれているようで・・・。

 

 

坂本家当主は現在9代目

 

坂本龍馬 子孫

 

坂本竜馬はお龍との間に子供はなく、子孫としての直系は絶たれています。しかし家督は引き継がれており坂本家6代当主がさらに家督を引き継ぎ、「直道」という名称になっています。

 

現在では、坂本竜馬の兄から続く代が、坂本家当主を名乗り続けており、現在9代目が存命しています。

 

 

坂本龍馬新説

 

坂本龍馬 子孫

 

このように坂本竜馬の子孫という面では、家督だけが引き継がれており血脈は絶たれているのが現状です。

 

それよりも、坂本竜馬を子孫とする戦国武将がいるのではないかという説が、最近になって浮上しています。

 

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坂本龍馬暗殺事件の実行犯に浮上している2つの説

 

というのも、下級武士として知られる坂本竜馬ですが、その卓越した先見の明と、一流の刀術は一代だけで習得できるハズが無いと言われています。

 

そこで最近は「明智光秀の子孫」だと言われるようになったのです。

 

 

明智家と坂本家の共通点

 

その根拠として坂本竜馬の生家である坂本家というのは、明智光秀の女婿である明智秀満の妾腹の子である太郎五郎の末裔だと言われています。

 

坂本竜馬の生家には古来より、「坂本城を守っていたのは、明智左馬助の末裔」だということが伝承として伝わっていると言います。また坂本家における伝承によれば、坂本城が落城したときには、太郎五郎は壷いっぱいの黄金をかかえて土佐へ逃れたのだとか。

 

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さらに明智光秀は、織田信長と土佐の領主である長宗我部元親との繋がりを担っていたとされており、長宗我部氏とは婚姻関係にありました。

 

その後豊臣秀吉との天王山に負けた一族が土佐に流れ、その末裔が坂本家だといいます。

 

 

龍馬と光秀の二人に見られる共通点

 

坂本龍馬 子孫

 

さらに家紋にも共通点があります。明智家も坂本家も家紋が「桔梗紋」と呼ばれるものです。桔梗紋というのは、明智光秀が持つ家紋として多くの人が知っているところです。

 

坂本竜馬の着物には「桔梗紋」が着けられているところを見ると、坂本家の先祖が明智氏にあることを意味しているのではないかと言われます。

 

また明智光秀が丹波攻略の時の拠点として「亀山城」を築城しています。そして坂本竜馬が総合商社を設立した名称が「亀山社中」。

 

これらの共通点があることで、坂本竜馬を子孫に持つのが明智光秀ではないかという説が飛び交っているのです。

 

 

現在のところ、この説は否定されています。資料が残されていないというのが、否定をする根拠です。ただ、言い伝えでは坂本家の中に受け継がれているということなので、資料が無いだけで全てを否定するつもりは無いとも述べます。

 

明智光秀の子孫に坂本竜馬がいたとしたら、なんだかすごいロマンを感じますよね!